こんにちは。カズゥです。

今回は、引きこもり対策の話です。前回の「ひと休み基金」の続きでもあります。

はじめに:社会の仕組みだけでは届かない人がいる

以前、「『ひきこもり』を救うな。『誰もが安心して休める社会』を作れ。」という記事を書きました。

あの記事で提案した「ひと休み基金」は、いわば引きこもりの「社会の対策」でした。社会の仕組みを変えて、誰もが安心して休める環境を作ろう、という話でした。

でも、ふと思いました。

社会の仕組みがいつか変わるとして、それを待っている間に、今まさに部屋の中で苦しんでいる人はどうすればいいのか。

そこで今回は、引きこもりの「個人の対策」の話をしたいと思います。社会をどうするかではなく、自分をどうするか。

で、その「自分を救う方法」として、わたしがおすすめしたいのが「森田療法」です。

森田療法って何?

森田療法。聞いたことがない人も多いと思います。

約100年前、日本の精神科医・森田正馬(もりた・まさたけ)が作った精神療法です。日本人が作った、日本発のメンタルケアです。海外でも評価が高いそうです。

注目すべきは、森田正馬自身がメンタルの問題で苦しんだ人だったことです。

彼は東京帝国大学の学生時代、「自分は心臓が悪い」と思い込んで神経衰弱と診断されていました。薬を飲み続けても全然良くならない。あるとき、父親からの仕送りが途絶え、もう死んでもいいという気持ちになり、自ら服薬もやめて試験勉強に没頭したら、あれほど苦しかった症状がいつの間にか消えていました。(参考:山田和夫「不安の力(Ⅱ)― 森田正馬の場合 ―」横浜クリニック

これが森田療法の原点です。

つまり、こういうことです。

「不安を消してから行動する」のではなく、「不安はそのままで、やるべきことをやる」。

森田療法ではこの姿勢を「あるがまま」と呼びます。ただし、「何もしなくていい」という意味ではありません。むしろ逆です。

この「あるがまま」がどういうことなのか、次で具体的に説明します。

なぜ引きこもりに森田療法なのか

ひとつ例え話をさせてください。

水恐怖症の人がいるとします。この人が泳げるようになるには、どうすればいいか。

答えはシンプルです。怖くても水に入って、水に慣れるしかない。

当たり前ですよね。でも、もしこの人が「泳げるようになるために」座禅を組んだり、瞑想をしたりし始めたらどうでしょう。「まず心を整えてから水に入ろう」と。

それじゃいつまで経っても泳げるようにならないですよね。座禅で水恐怖症は治りません。水に入らないと。

ところが、これと同じことが対人恐怖の世界では当たり前のように起きています。

人が怖い。人と話すのが苦手。だから引きこもる。そこまではわかります。問題はここからです。

「人に慣れるために」心の準備をしよう、まず自分を見つめ直そう、自己肯定感を高めよう、マインドフルネスをやろう──。

これ、水恐怖症の人が泳げるようになるために座禅を組んでいるのと同じです。

座禅や瞑想が悪いとは言いません。心が落ち着くこともあるでしょう。でも、それだけでは「人に慣れる」というゴールには永遠にたどり着けません。人に慣れるには、人の波に入っていくしかない。

森田療法が教えてくれるのは、まさにこのことです。

怖い。緊張する。逃げたい。その気持ちはそのままでいい。消さなくていい。でも、足だけは前に出しなさい。

森田療法では、これを「恐怖突入」と呼びます。物騒な名前ですが、要は「怖いまま飛び込め」ということです。

ただし、恐怖突入といっても、いきなり大海に飛び込めという話ではありません。足首まで水に浸かるだけでいい。それが怖ければ、水辺に立つだけでいい。無理だと思ったら引き返してもいい。ただ、怖さがゼロになるのを待たないこと。

ただし、森田療法は「怖くなくなる方法」ではないということです。怖いままです。怖いまま、それでも動く。そうしているうちに、気づいたら怖さが薄れている。水に慣れるのと同じです。

引きこもりの人の多くは、外に出たくないわけではありません。本当は人と関わりたい、社会に出たい。でも怖い。この「怖い」をどうにかしてから動こうとして、ずっと止まっている。

森田療法は、その「どうにかしてから」をやめなさい、と言います。怖いまま、動きなさい、と。

森田療法と引きこもり──専門家の見方

ここまではわたしの考えですが、専門家の見方も紹介しておきます。

東京慈恵会医科大学の森田療法センターによれば、社交不安症(対人恐怖症)は森田療法が当初から治療対象としていた症状群です。そして社交不安症は、不安場面を避けるうちに「引きこもりがちになることもある」と指摘されています(東京慈恵会医科大学 森田療法センター)。つまり、対人恐怖から引きこもりに至るケースは、森田療法の守備範囲のど真ん中にあるわけです。

また、森田療法の専門家である北西憲二氏は『森田療法で読む 社会不安障害とひきこもり』という書籍で、森田療法の視点からひきこもりにどう向き合うかを詳しく論じています。NPO法人「生活の発見会」のサイトでも、対人恐怖で引きこもり状態になった方が、森田療法に出会って回復していった体験談が複数公開されています(生活の発見会 体験談)。

「気分本位」と「目的本位」──”意思”と”気分”を見分ける

もうひとつ、森田療法の大事な考え方を紹介します。「気分本位」と「目的本位」です。

気分本位というのは、そのときどきの気分に従って行動すること。今日は気分が乗らないから起きない。気が向かないから外に出ない。気分本位で生きていると、何も進みません。

森田療法が重視するのは「目的本位」です。朝起きるという目的があるなら、眠くても起きる。外出するという目的があるなら、怖くても出かける。気分ではなく、目的に従って動く。

たとえるなら、気分は天気で、目的は方角です。雨が降っているからといって、北に用事がある人が南に歩き出しませんよね?天気が悪くても、その方角に用事があれば行かなければなりません。

ここで、最近ちょっと気になっていることがあります。

今の世の中は「本人の意思を尊重しよう」という空気が強いですよね。学校に行きたくなかったら、行かなくていいよ。無理しなくていいよ。

もちろん、いじめられているとか、明確な理由があって学校に行きたくない場合は別です。それは本人の意思であり、尊重されるべきです。

でも、なんとなくダルい、なんとなく気が向かない──それは”意思”でしょうか? もしかすると、それは”気分”かもしれません。

気分を意思と取り違えて、「本人の意思を尊重しよう」と言い続けていたら、本人はずっと気分本位の中にとどまります。それは尊重ではなく、放置ではないでしょうか。

森田療法は、気分を否定しません。ダルくてもいい。気が向かなくてもいい。でも、目的があるなら、その目的に従って動きなさい、と言います。気分は認める。でも気分に支配されない。この違いは大きいです。

正直、「気持ちはそのままに、やるべきことをやる」は、優しい教えではありません。人によっては厳しく感じるでしょう。現代社会は昔に比べて、個人の気持ちが尊重されるようになりました。したくない、やりたくない、という思いが優先される時代です。それ自体は悪いことではありません。

でも、わたしが森田療法から学んだのは、人間にはやりたくなくても、やらなければならないことがある、ということです。

やりたくない気持ちはそのままでいい。でも、やらなければならないことは、やる。この「厳しさ」を受け入れられるかどうかが、森田療法が合うかどうかの分かれ目かもしれません。

ただし、大事な補足があります。これはあくまで「動きたいけど怖くて動けない」人に向けた話です。うつ病の急性期など、心や体のエネルギーそのものが枯渇している状態では、「やるべきことをやれ」は逆効果になります。そういうときは、まず休むことが最優先です。前回の記事で書いた「ひと休み基金」の話、つまり社会の対策の出番です。

わたしが実践したこと

偉そうに語ってきましたが、わたし自身、かなりのコミュ障です。

そんなわたしが森田療法を知って、主に実践してきたことがあります。

心の中で唱えます。

「気持ちはそのままに、やるべきことをやる」

苦手な人と話さなきゃいけない場面。初対面の相手と会う場面。電話をかけなきゃいけない場面。そういう「嫌だな、逃げたいな」と思う瞬間に、この言葉を唱えます。

唱えたからといって、魔法のように恐怖が消えるわけではありません。心臓はバクバクだし、手は震えるし、頭の中は真っ白です。

でも、この言葉のいいところは、「怖い自分を否定しなくていい」と許してくれるところです。

よくある自己啓発だと、「ポジティブに考えろ」「自信を持て」「自分を信じろ」と言いますよね。でも、怖いものは怖い。自信なんてない。そう言われると、怖がっている自分がダメな人間に思えてきて、余計に動けなくなります。

森田療法は違います。怖くていい。自信がなくていい。その気持ちはそのままでいい。ただ、やるべきことだけはやりなさい。

この「気持ちは否定しない。でも行動はする」というバランスが、わたしにはすごく合っていました。

ひとつ、具体的な話をします。

わたしが就職したときのことです。ある日、上司の態度がつっけんどんに感じました。以前のわたしなら、「上司の機嫌が悪いのはわたしのせいだ」と思い込んでいたでしょう。さすがコミュ障です。そして、次の日から出社拒否をしていたと思います。

でも、森田療法に出会ったあとのわたしは違いました。心の中で「気持ちはそのままに、やるべきことをやる」を唱えて、上司にびくびくしながらも、なるべく目の前の仕事に集中しました。

次の日、上司はいつもどおりでした。

わたしの考えすぎでした。人間誰でも、機嫌の悪いときはあります。ただそれだけのことでした。

こうして、わたしは仕事を辞めずに済みました。森田療法を知らなかったら、あの日をきっかけに辞めていたと思います。「気持ちはそのまま」で踏みとどまれたから、翌日の「なんだ、考えすぎか」にたどり着けた。これが森田療法の力です。

正直、楽ではありませんでした。心の中で唱えながら、必死で動いてきました。怖いまま、震えながら、それでも足を前に出す。その繰り返しです。でも、何十回、何百回と繰り返しているうちに、少しずつ「怖いまま動く」ことに慣れてきました。

あの水恐怖症の話と同じです。思い切って水に飛び込むしかない。でも、飛び込んでしまえば、少しずつ泳げる距離が伸びていきます。

大事なのは、「怖さがゼロになってから動こう」と思わないこと。怖さがゼロになる日は来ません。でも、怖さを抱えたまま動くことはできます。そして動いているうちに、気づいたら怖さは小さくなっています。

わたしの場合、この「呪文」のおかげで、少しずつ対人関係の場面に踏み出せるようになりました。今でも人と会うのは緊張します。でも、「緊張している自分はダメだ」とは思わなくなりました。緊張はしている。でも、やるべきことはやっている。それでいいんだ、と。

家族ができること

ここまで読んで、引きこもりの家族の方は「じゃあ本人に森田療法を勧めればいいのか」と思ったかもしれません。

ちょっと待ってください。

「外に出なさい」「頑張りなさい」「いい方法があるから試してみなさい」。こういう言葉は、たとえ善意からでも、当事者にとってはプレッシャーです。水恐怖症の人に「いいから飛び込め」と横から叫んでいるようなものです。飛び込むかどうかは、本人が決めることです。

では、家族には何ができるのか。

大事なのは「知っておくこと」だと思います。

森田療法の考え方を家族が知っておくだけで、接し方が変わります。本人が「怖い」「不安だ」と言ったとき、「そんなこと気にしなくていいよ」と否定するのではなく、「怖いよね。それでいいんだよ」と受け止められるようになります。

地味に見えて、これは大きな違いです。

「気にするな」は、本人の感情を否定しています。森田療法の真逆です。「怖くて当然だよ」は、本人の感情をそのまま認めています。これが「あるがまま」の姿勢です。

本人が何か小さな行動を起こしたとき──コンビニに行った、電話に出た、ちょっとだけ外に出た──それを大げさに褒めるのではなく、自然に見守ること。「あ、コンビニ行ったんだね」くらいでいいと思います。大げさに反応すると、「次もやらなきゃ」とプレッシャーになります。

わたし自身の話をすると、ニート時代、親はわたしに特に何も言いませんでした。「外に出ろ」とも「働け」とも言わなかった。でも、わたしの方から相談をすると、「こういうところがあるよ」「こういう相談先があるよ」とすぐに情報を出してくれました。普段は何も言わないけど、聞かれたときにすぐ出せるように、ちゃんと準備してくれていました。

これはとても助かりました。押しつけられたら拒絶していたと思います。でも、自分から聞いたタイミングで情報をもらえたから、素直に受け取れた。家族ができる最善のことは、「待つ」と「備える」のセットなのかもしれません。

先ほど紹介した「生活の発見会」は、森田療法の考え方を学べる自助グループで、全国で活動しています。当事者だけでなく、家族が参加できる場もあります。同じ悩みを持つ人たちと体験を分かち合うことは、家族にとっても大きな支えになるはずです。

社会の対策と個人の対策、どっちも必要

ここまで、引きこもり対策を「社会の対策」と「個人の対策」に分けて話をしてきました。

前回の「ひと休み基金」は、社会の仕組みを変えようという話でした。誰もが安心して休める環境を作る。社会の対策です。

今回の森田療法は、自分の心の持ち方を変えようという話です。怖いまま動く力を身につける。個人の対策です。

結局どっちが大事なのか。

どっちも大事です。

社会の仕組みがどんなに整っても、最後に一歩を踏み出すのは自分自身です。逆に、個人がどんなに頑張っても、社会が「休んだら終わり」という空気のままでは、踏み出した足がすぐに折れます。

社会の対策と個人の対策は対立するものではなく、両輪です。

まず自分を救う。それができて初めて、人の手を取ることもできるようになります。

おわりに

森田療法は、100年以上前に日本人が作った「自分を救う知恵」です。

難しい理論は覚えなくていいです。ひとつだけ、覚えてほしいことがあります。

「気持ちはそのままに、やるべきことをやる」

怖くていい。不安でいい。自信がなくていい。それでも、やるべきことをやる。

これだけです。

前回の記事で書いた「ひと休み基金」は、いつかあなたを迎えにいく大きな乗り物です。でも、それが来るまでの間、あなたの手の中にはもう小さな乗り物がある。「気持ちはそのままに、やるべきことをやる」。この一言が、あなたの小さな乗り物です。

もし最初の一歩が思いつかないなら、朝の身支度から始めてみてください。カーテンを開ける。着替える。歯を磨く。気持ちが乗らなくても、やるべきことをやる。それが森田療法の第一歩です。「身支度」の次は、あなたの生活の中の”やるべきこと”を一つ選び、気持ちはそのままで手だけ動かしてみてください。

もし興味を持った方がいたら、以下の本をおすすめします。どちらも読みやすいです。

  • 帚木蓬生『生きる力 森田正馬の15の提言』(朝日選書)

  • 北西憲二『はじめての森田療法』(講談社現代新書)

前回の記事:「ひきこもり」を救うな。「誰もが安心して休める社会」を作れ。