こんにちは。カズゥです。
今日のタイトルは何を当たり前のことを書いているんだ、とお思いでしょう。
でも、20代のわたしはこの当たり前のことをわかっていなかったのです。
目からウロコが落ちる
25年ぐらい前のある雑誌に森田療法の特集がありました。そこに、タイトルの文章が載っていました。
「水が怖い者が泳げるようになるためには、水が怖いままに、おっかなびっくりでも思い切って水に入るしかない。嫌々ながらも水と親しんでいるうちに、いつのまにか泳げるようになり、水嫌いも治る。それと同じように、人が怖い者が人と交流できるようになるためには、人が怖いままに、おっかなびっくりでも思い切って人の群れに入るしかない。嫌々ながらも人と親しんでいるうちに、いつのまにか交流できるようになり、人嫌いも治る」
この文章を読んだわたしの目から、ウロコが何十枚も落ちたのです。落ちまくりました。
森田療法(もりたりょうほう)とは、1919年(大正8年)に森田正馬により創始された(森田)神経質に対する精神療法。
引用:Wikipedia
対人恐怖
わたしは中学時代に不登校になり、そのまま10年ニートになります。
きっかけは、学級委員長になったことでした。毎日クラスメイトの前で話さなければなりません。
もともと、大勢の人の前で話すのが苦手なわたしは、これがまたどうにも苦痛でした。
「人前で、緊張しないで話せるようになりたい」
この悩みを抱えた私は、だんだんと思考の悪循環に陥り、対人恐怖的になっていきました。
徒労の日々
こうしてわたしは、人前で緊張してしまう悩みを解決するため、いろいろな本を読んで、いろいろなことを実践しました。本なら自己啓発書や、ビジネス書、心理学の本、オカルトのトンデモ本まで。
座禅や、瞑想、腹式呼吸法、これまたオカルトのおまじないみたいなものまで実践しました。
自分のコンプレックスに原因があるかと思い、ひ弱な体を鍛えたり、色白だったので、日焼けの機械まで購入して自宅で日焼けをしたりしました。
全部、長続きしませんでしたし、悩みも解決しませんでした。
陸の上での水泳練習
前述の森田療法の文章に出会う前のわたしは水泳に例えれば、水に入らずに陸の上で水泳練習をしていたようなものです。それでは、いつまでたっても泳げませんね。泳げるようになるには、いくら水が怖くても怖い気持ちのまま水に入らないとなりません。
考えてみれば、自転車も同じですね。いくら転ぶことが怖くても乗れるようになるためには、まず自転車に乗ることです。
人とのコミュニケーションも同じだったのです。わたしは対人恐怖を克服してから人と交流しようとしていました。人と会わずに対人恐怖を克服しようとしていたのです。そうではなく、まず人が怖くても交流してみる、その結果、対人恐怖を克服できる。順番が逆だったのです。
今になって思うのは当時のわたしは人との交流を恐れ、回避するための言い訳、または時間稼ぎとして陸の上での水泳練習をして徒労の日々を送っていたのかもしれません。
ニート、働き始める
感銘を受けたわたしは、森田療法の本を何冊か購入して学びます。大原健士郎さんや、生活の発見会の本です。
こうして一念発起したわたしは、社会復帰することができました。と、いけばいいのですが、実際に働き始めたのは3年後ぐらいでそれまではだらだらしてましたね。やはり、人間そんなすぐには変われませんねw
実は、今でも対人恐怖気味のままだったりします。でも、まあ、最低限の役所の手続きとかはできるようになりました。
対人恐怖気味の方は森田療法の本を読んでみてください。おすすめです。